大判例

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東京高等裁判所 平成5年(ネ)144号 判決

神奈川県横浜市港北区新羽町二〇五〇番地

控訴人

株式会社レオナード

右代表者代表取締役

三河良三

埼玉県朝霞市膝折町二丁目一五番一一号

控訴人

株式会社 無限

右代表者代表取締役

本田博俊

右両名訴訟代理人弁護士

野上邦五郎

杉本進介

大阪府東大阪市水走四丁目三番三号

被控訴人

株式会社アローエンタープライズ

右代表者代表取締役

本田理

右訴訟代理人弁護士

山上和則

右輔佐人弁理士

樋口豊治

主文

控訴人らの控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた判決

一  控訴人ら

原判決を取り消す。

被控訴人は、原判決別紙イ号目録記載の物品を製造、販売してはならない。

被控訴人は、被控訴人の本店、営業所及び工場に存する前項の物品及び同物品の製造に必要な金型を廃棄せよ。

被控訴人は、控訴人ら各自に対し、金八六四万円及びこれに対する平成三年七月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。

仮執行の宣言

二  被控訴人

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  原判決の引用

原判決事実摘示「第二 当事者の主張」記載のとおりであるから、これを引用する。

二  当審における当事者の主張の要点

1  控訴人ら

(一) 当審段階において生じ、あるいは明らかとなった事実について

当審段階において、以下のとおり、本件意匠とイ号意匠との類否判断に大きな影響を与える事実が、新たに発生し、あるいは明らかになった。

(1) 類似意匠8の登録

本件意匠につき、控訴人らが原審で主張した類似1から同7までの七件の類似意匠に加えて、次のとおり類似8の類似意匠(以下「類似意匠8」という。)が登録された。

意匠に係る物品 自動車用ホイール

出願日 平成元年三月一六日

出願番号 意願平一-九五二七号

登録日 平成五年一〇月一二日

登録番号 第七六一〇五九号の類似八

登録意匠 本判決別紙記載のとおり

右類似意匠登録により、リムボルトが存在しないものも本件意匠の類似意匠の中に含まれることが明らかとなった以上、リムボルトの存在は、本件意匠にとって特徴的なものとはいえず、これを本件意匠の要部とすることはできないことは明らかである。

そうとすれば、リムボルトの存在が本件意匠及び類似意匠に共通の構成であることを前提に、これを本件意匠の要部とし、このことから、リムボルトが存在しないことが、イ号意匠に本件意匠とは異なった印象を与える要因となっているとする被控訴人の主張は、もはや成り立たないことが明らかといわなければならない。

(2) 特許庁による判定

控訴人らが、特許庁に対し、平成二年判定請求第六〇〇二六号をもって、被控訴人を被請求人として、イ号意匠は本件意匠及びこれに類似する意匠の範囲に属するとの判定の請求をしていたところ、特許庁は、平成五年一〇月二八日、これを認める判定をした(甲第五三号証、以下「本件判定」という。)。本件判定が理由とするところは、控訴人らが原審以来主張してきたところと同じであり、これが特許庁の認めるところとなったものである。

(3) イ号意匠に係る意匠登録出願の拒絶査定

被控訴人は、イ号意匠につき意匠登録出願をしていた(意願平一-二五〇八九号)が、この出願につき、特許庁は、平成三年一二月二七日、本件意匠に類似するとして拒絶の査定をした(乙第三五号証の五)。

(4) イ号意匠についてのデザイン保全登録の拒絶

控訴人らや被控訴人を含む業界の者は、業界における意匠模倣を排除する目的で、自動車用ホイール等についてのデザイン登緑制度を自主的に採用し、財団法人日本機械デザインセンターに対し、意匠の保全登録申請をすることにより、これらの意匠の創作を尊重しようとしてきた。

被控訴人がイ号意匠につきこの保全登録申請をしたところ、財団法人日本機械デザインセンターは、平成三年七月一七日付けで、イ号意匠は本件意匠と類似するとの理由で保全登録を拒絶した。

(5) 弁理士斎藤暸二による鑑定

当審において、弁理士斎藤暸二の作成した鑑定書(甲第四二号証、以下「斎藤鑑定」という。)が提出された。

同弁理士は、元特許庁審判長で、長く意匠の審査、審判の実務を経験し、数々の意匠法解説書を著している者である。

斎藤鑑定においては、イ号意匠は、本件意匠及びこれに類似する意匠の範囲に属すると結論づけられている。

斎藤鑑定は、まず本件意匠の構成を基本的構成態様と具体的構成態様とに分けて把握し、さらに登録意匠の要部を「登録意匠の最も重要で本質的な特徴やあるいは形態的秩序の合理的特徴を最もよく表出する形態的要素」としてとらえるために、本件意匠の要部を抽出するための作業として、本件登録意匠と出願前存在した公知意匠とを対比し、これらの公知意匠が本件意匠とはその骨格的態様たる基本的構成態様を全く異にするものであるとして、本件意匠の真の創作部分であり、最も目立つ部分すなわち意匠の要部は、基本的構成態様として示される意匠の構成であるとする。特に「ディスクのセンター部より同幅で、側端にリブを有し外方に湾曲するスポークを放射状に設け、隣合うスポークとスポークの間に隅丸二等辺三角形状の透孔を形成する構成態様」は、従来見られなかったもので、看者の注意を強く引くところというべきであって、本件意匠の本質的特徴であると認めている。

これは、近時の判例学説において一般的に採用されている意匠の要部認定における手法にも合致したものであり、誠に適切なものである。

斎藤鑑定ば、このようにして本件意匠の要部を認定した後、本件意匠とイ号意匠の類否を判断するについて、これらの意匠の共通点と差異点を挙げて本件意匠の要部との関係でこれらを検討し、本件意匠とイ号意匠を全般的に観察した場合には、本件意匠の要部のほとんどがイ号意匠と共通しており、両意匠の差異点は、その部分だけを取り出して見た場合には違いが認められるが、全体的に観察した場合には、これらの差異は共通する基調に包含される部分的差異ないし微細な差異にすぎないと認めている。

これも、両意匠の対比の手法として極めて適切なものといわなければならない。

斎藤鑑定は、以上の検討を基に、本件意匠とイ号意匠の類否につき、次のように結論づけている。

「以上述べたところから明らかなように、イ号意匠は、本件登録意匠と意匠に係る物品が同一であり、意匠の構成においても、意匠上の要部を略共通にするもので、基本的構成態様の一部差異及びスポークの具体的態様における差異はあるものの、これら差異は、共通する基調に包摂される部分的差異乃至微細な差異と認められる範囲のものであり、そうしてこれら差異点を総合しても共通する全体の形態的特徴を凌駕するものでないから、意匠全体として類似するものといわざるを得ない。」(同号証七〇頁八行~七一頁二行)

以上のとおり、斎藤鑑定は、極めて理論的で適切な方法により両意匠の類否を判断しているのであり、これに基づき極めて適切な結論を導き出しているのである。

(6) このように、当審段階になって、〈1〉特許庁による、本件意匠の類似意匠8の登録、〈2〉特許庁による、イ号意匠は本件意匠に類似するとの判定、〈3〉特許庁による、イ号意匠は本件意匠に類似するとの理由によるイ号意匠の出願拒絶、〈4〉財団法人日本機械デザインセンターによる、イ号意匠は本件意匠と類似するとの理由によるイ号意匠のデザイン保全登録の拒絶、〈5〉意匠の専門家による、イ号意匠は本件意匠に類似するとの鑑定書の提出、という五つの状況が、新たに発生し、あるいは明らかになった。すなわち、イ号意匠が本件意匠に類似するとの結論は、特許庁、業界団体及び学識経験者が一致して認めるものであることが明白になったのであり、これを類似しないとする被控訴人主張が失当であることは、このことからも明白となったものというべきである。

(二) 本件意匠とイ号意匠の美感(印象)の異同について

被控訴人は、意匠の類否判断は、意匠の全体から生ずる美感(印象)の異同の判断であり、本件意匠とイ号意匠との間には、前者は荒々しく力強い印象を、後者は華奢で装飾的な印象を与える点で、明確な美感上の差異が存在する、しかも、この差異は、ほぼ正反対の美感を生じさせる差異である旨主張する。

しかし、そもそも「力強い印象」などというものは、極めて漠然としたものであり、その印象がイ号意匠にあるかどうかということは、判断する人によってまちまちになると考えられ客観的判断ができない。

ただ、確かに、本件意匠とイ号意匠との間に微妙に印象の異なる点もあるが、それは、全体的に見ると微差にすぎず、明確な美感上の差異とか、ほぼ正反対の美感を生じさせるような差異とかいえる種類のものではない。

また、本件意匠の類似意匠の中には、およそ力強い印象を有するものではないものがある。特に類似意匠3はスポークが細長く、類似意匠4はスポークの三分の二は平坦で残りの三分の一の部分もゆっくりした凸弧状をなしていて、イ号意匠に比べて力強い印象は認められず、その印象はイ号意匠とほとんど変わらない。

したがって、「力強い印象」を本件意匠の特色とすることはできない。

さらに、他の一般的なホイールをも含めて比較すれば、イ号意匠も、「華奢」という印象はなく、むしろ本件意匠と同じく「スポーティー」な印象を与えるものである。

これらのことからすれば、本件意匠もイ号意匠も一般的なホイールに比べ「スポーティー」な印象を与える点で共通であり、両者間の印象の差異は、類似の範囲に入る微差にすぎない。

(三) 創作説と需要者混同説について

被控訴人は、控訴人らの主張も控訴人らが援用する斎藤鑑定等の見解も、当業者を人的基準とする創作説に立って行うものであるから、需要者混同説によるべき意匠権侵害訴訟である本件においては、誤った判断基準によるものとして失当である旨主張する。

しかし、意匠法は、商標法と異なり、取引秩序の維持を第一義とするのでなく、あくまで「創作の奨励」、「創作の保護及び利用」を第一義とするものであり、しかも、創作された意匠に類似するか否かという判断と、需要者が誤認混同するか否かという判断は同一ではないから、後者を類否判断の基本的前提とすることは誤りであって、意匠権侵害の有無の判断基準は、本来、需要者にとって識別可能か否かではなく、登録意匠の創作の要部を模倣しているか否かであるというべきである。

また、控訴人らも斎藤鑑定等も、創作説の立場だけで判断しているわけではなく、本件では、創作説の立場でも需要者混同説の立場でもイ号意匠は本件意匠に類似するとしているのであるから、この点からしても、被控訴人の主張は失当である。

(四) 要部と類否判断の関係について

意匠の類否は、登録意匠の要部と解されるものが、対比される物品の意匠においても要部と解されるものとして共通に存在するかどうかによって判断されるべきであり、それぞれの要部にならない微細な差異を取り上げ、これを根拠に類似性を否定することは許されない。

本件意匠の要部は、控訴人らが原審で主張したとおり、〈1〉五本スポーク、〈2〉同幅帯状スポーク、〈3〉凸弧状スポーク、〈4〉細幅段落リブの四点であり、これらの特徴はすべてイ号意匠にも備わっている。

そして、被控訴人が本件意匠とイ号意匠の差異として主張する各点は、いずれも本件意匠の類似意匠の中のいずれかに含まれているのであり、したがって、被控訴人の主張する本件意匠とイ号意匠との美感(印象)の相違も、本件意匠とその類似意匠との間に存在する美感(印象)の微妙な相違の範囲内に収まるものといわなければならず、これらをもって要部とすることはできないのである。

(五) 合弁花状スポークについて

被控訴人は、本件意匠の合弁花状スポークの構成が意匠に力強い印象を生じさせる原因となっているから、同意匠とイ号意匠の類否の判断においてこれを重視すべきである旨主張する。

しかし、類似意匠4ないし6の各意匠公報(甲第二九号証ないし甲第三〇号証の各一、二)を見れば、これらの意匠、特に類似意匠5が合弁花スポークの構成を有していないことは明らかであり、このような意匠が本件意匠の類似意匠として登録されていることは、スポークの付け根の部分が合弁花状であっても離弁花状であっても、それらはともに本件意匠の類似範囲に属することを意味するから、合弁花状スポークの構成は本件意匠の要部になりえないのである。

すなわち、類似意匠5は、その意匠公報(甲第三〇号証の一、二)によれば、スポークの根本部が、本件意匠のように末広がりになって接合して隣接するスポークとの間に弧状の角を形成しておらず、根元まで同幅でホイール中央部に当接しており(同号証の一の正面図)、さらに、ホイール中央部はスポーク断面より外側に飛び出しており、スポークとホイール中央部とは高低さがあって連続的ではない(同号証の二のA-A線切断断面図)。このことから、類似意匠5は、むしろホイール中央部で各スポークが切断されている印象があり、隣接するスポークとスムーズに接続している印象は全くない。

また、類似意匠5のこの印象は、隣接するスポーク相互間のリム側を底辺とする二等辺三角形状の透孔部の形状からもうかがえる。すなわち、本件意匠のこの二等辺三角形状の透孔部のホイール中央部側の頂角の隅が丸くなっており、そのことからも本件意匠のスポークが隣接するスポークとスムーズに接続している印象を与えると確かにいえなくはないが、類似意匠5においては、この二等辺三角形状の透孔部側の隅は切断されており(同号証の1の正面図)、このことによっても、各スポークがホイール中央部で切断されている印象がより強くなっている。

このように、各スポークが隣接するスポーク本体とスムーズに接続していないのであるから、隣接するスポーク本体相互が連結しているという印象を生じさせることはないのである。

(六) リムボルトの存在について

被控訴人は、リムボルトの存在が本件意匠に荒々しい印象を与えるうえで大きな役割を果たしていると主張するが、リムボルトは、ツーピース型ホイールにおいて通常用いられるものであるため、その有無は看者が余り注意しない部分であるから、本件意匠のものからリムボルトを取り除いたとしても、全体の印象はほとんど変わらないのであり、その存在が全体の印象に大きな影響を与えるとは考えられない。

このことは、何よりもまず、前述のとおり、リムボルトのない意匠が本件意匠の類似意匠8として登録されたとの事実自体で明らかであり、さらに、本件判定において「リム内側に沿って形成した細幅の環状帯状部に表わされた多数のボルトの有無は、これもホイールの構造の違いに由来するものであり、しかも、両構造とも軽合金ホイールの組み立て方式としてはワンピース構造、ツーピース構造として極めて有り触れた構造のものであるので、ボルトの有無は類否に大きな影響を与えるものでない。」(甲第五三号証九頁一九行~一〇頁六行)とされ、斎藤鑑定において「この差異は、ホイールの構造に由来して適宜選択される態様に属し、意匠の創作において重要視さるものではなく、しかも、この種物品において略同一の意匠であってボルトを有するもの、有しないものを同時に創作することも通常行われているものであるから、類否判断においてこの点の差異を重視することはできない・・・」(甲第四二号証六九頁八行~七〇頁二行)とされていることによっても裏付けられているのである。

(七) 本件意匠のマニア性について

被控訴人は、本件意匠とイ号意匠の類否の判断に当たっては、本件意匠・イ号意匠に係る物品である自動車用ホイールはマニア性の高い高価な商品であるから、微細な点にまで立ち入って観察しなければならない旨主張する。

しかし、本件意匠・イ号意匠に係る物品が仮にマニア性の高いものであっても、マニアだけが購入するものではなく、最近は、F1(フォーミュラワン)の人気の一般人への浸透などにより、若者を中心とする一般人も、本件意匠・イ号意匠のようなスポーティーな感じのホイールを、自らの自動車に取り付ける傾向にあり、また、これらのホイールは、棚に飾って鑑賞するために購入されるのではなく、常に車に装着されて使用されるものであることからすれば、類否判断に当たり特別に微細な点にまで立ち入って観察しなければならないわけではない。

2  被控訴人

(一) 当審段階において生じ、あるいは明らかとなった事実について

控訴人らが二1(一)で主張する当審段階において生じ、あるいは明らかとなった事実そのものは認める。

しかし、これらは、いずれも、本訴で行われるべき本件意匠とイ号意匠との類否判断の結論に影響を及ぼす性質のものではない。

右のうち類似意匠8の登録以外のもの(以下「本件判定等」という。)についていえば、これらは、いずれも、本件意匠の登録の下でイ号意匠につき意匠登録を認めるべきか否かの判断の資料としては有力なものとなりうるとしても、意匠権侵害の成否を問う本訴における判断資料としては大きな力を持ちえないものである。

意匠の類否の判断基準には、当業者を人的基準として意匠創作の容易性により類否を決定する創作説と、需要者を人的基準として需要者による誤認混同のおそれの有無により類否を決定する需要者混同説があり、意匠登録を認めるべきか否かの判断基準としては前者の採用が許されるとしても、意匠権侵害の成否の判断は、後者を判断基準にして行われるべきものである。

ところが、本件判定等は、いずれも、基本的に、需要者混同説によらず、創作説により類否判断の結論に導くものであり、このことは、その内容自体に照らし、明らかといわなければならない。

斎藤鑑定を例にとれば、同鑑定が基本的に創作説に立つものであることを示す例は随所に見られるが、その代表的なものとしては、「特に、ディスクのセンター部より同幅で側端にリブを有し外方に湾曲するスポークを放射状に設け、隣合うスポークとスポークとの間に隅丸二等辺三角形状の透孔を形成する構成態様のものは、従来全く見られなかったものであるから、この態様は看者の注意を強くひくところというべきであり、かつまた、この態様は本件登録意匠の創作の実質的内容をなすものであるから、本件登録意匠の登録を成り立たせている本質的特徴とも認められるものである。」(甲第四二号証四六頁五~一二行)として、「従来全く見られなかった態様」がすなわち「看者の注意を強くひくところ」であり、「意匠の創作の実質的内容」がすなわち「登録意匠の登録を成り立たせている本質的特徴」であると割り切って読める記載をし、「さらにまた、需要者を評価の人的基準にする立場においても結論は異なるものではない。」(同六三頁五~六行)として、人的基準としての需要者に明らかに二義的な意味しか与えず、しかも、右のとおり「結論は異なるものではない。」としながら、その根拠としては、「需要者を人的基準におく場合に重要なことは、需要者の物品を見る態度である。本件登録意匠及びイ号意匠に係る物品『自動車用ホイール』は、常に使用状態、すなわち車体に装着した状態を想定して評価、選択がなされるものである。ホイールは、そのものだけを単独で使用する物品とは異なり、車体に装着させたときに車体と調和するか、全体の特徴を強調する役割を果たすか、スピードや操縦性など機能面を強調する視覚効果をもたらすか等、すべて車体と合せて評価考量されるものである。すなわち、車体全体を観察した場合に、車体の一部として看取される美的効果が問題とされるものである。ホイール単独で、それのみが独立的に評価されるものではない。ここにおいてはスポーク本体の基部が連接しているかどうかなど問題とされる余地はないものである。」(同六三頁七行~六四頁五行)として、「ホイール単独で、それのみが独立に評価されるものではない」との事実のみを挙げ、ここから極めて飛躍した論理により結論に至っており、それ以上に全く検討していないことを挙げることができる。

類似意匠8の登録についていえば、リムボルトのある意匠である同意匠が本件意匠の類似意匠として登録されたからといって、それによって示されるのは、リムボルトの有無にはそれのみで類否を決定するだけの大きな影響力がないことだけで、これによって、リムボルトの有無には類否判断に対する影響がないことまで示されるわけではない。

リムボルトのある意匠である類似意匠8が本件意匠の類似意匠として登録されたことから、リムボルトの存在は本件意匠の要部にならないとして、その有無を類否判断の対象から除去すべきであるとする控訴人らの主張は、ある要素が意匠全体の美感(印象)に及ぼす影響を有か無かの二つに割り切り、そこで無とされたものについては、一切考慮に入れないとするものであり、侵害訴訟である本訴における両意匠の類否が、結局のところ、いろいろな構成要素が渾然一体となって形成される美感そのものの対比で決定されるべきものであることに照らし、基本的な誤りを犯すものといわなければならない。

(二) 本件意匠とイ号意匠との間の顕著な美感(印象)の相違について

意匠の類否判断が、意匠の全体から生ずる美感(印象)の異同の判断以外のものではない以上、本訴においてなされるべきことは、結局のところ、要するに、本件意匠とイ号意匠は美感(印象)において類似するか否かの判断以外にはないことを、決して忘れてはならない。

控訴人らの主張の多くは、この基本的観点を忘れ、右の判断を避けて、いたずらに枝葉末節的議論に向かうものといわなければならない。

そして、この立場から両意匠を見れば、これらの間には、顕著な美感(印象)の相違が厳然たる事実として存在する。

すなわち、本件意匠においては、太くてがっしりとした五本のスポークがリム部とボス部の間に梁構造で差し渡され、玉縁を伴ったリブがスポーク本体部に密接してこれを補強し、五本のスポーク部はボス部で融合して剛性感を高め、かつ、リム部内周に沿って仰々しく植設された二四本のリムボルトが、リム部とディスク部を強固に結合しているのであり、これらの各々は、どれ一つをとっても力強さを印象づけるものであり、本件意匠を見れば、その創作者が力感溢れるデザインを企図したものであることが容易にわかる。

これに対し、イ号意匠においては、五本のスポーク部は、平らな帯状薄板の上に「なめくじ」を乗せたような構成であり、この「なめくじ」の背中が凸弧状に湾曲している点においては本件意匠及び類似意匠1ないし8におけると同じであるとはいっても、これらにおいては、スポークの凸弧状湾曲面には「なめくじ」の頭部や尾部に当たる部分がそれらしく区画されておらず、「なめくじ」を乗せたような構成となっていないため、その湾曲感は随分異なる。そして、この「なめくじ」部は、イ号意匠に力強さを与えるうえで何らの役割も果たさず、単に装飾的なものとしての印象を与えるにすぎず、その他イ号意匠のどの構成部分に着目しても、力強さを感じさせるものを見いだすことはできないのであり、イ号意匠を見れば、その創作者が企図したデザインの方向が本件意匠におけるものとは正反対のところにあることがわかるのである。

控訴人らは「力強い印象」などというものは極めて漠然としたものであって、そのような印象があるか否かは判断する人によってまちまちになって客観的に判断できないといいながら、本件意匠の類似意匠の中にはおよそ力強い印象を有するものではないものがあるなどと矛盾した主張を行い、また、「スポーティーな印象」を与える点で両意匠が共通すると主張するが、右「スポーティーな印象」の意味は不明瞭であり、それが普通に理解される「少なくとも鈍重でない印象」の意に解するなら、本件意匠やイ号意匠に係る物品である自動車用ホイールのほとんどに共通する普遍的な印象であるから、その点において共通することは、両意匠の類否判断にとって、無意味なことといわなければならない。

(三) 要部と類否判断の関係について

被控訴人は、意匠の要部を共有する意匠は互いに類似するとの控訴人らの主張に格別異論はない。

しかし、問題は、何をもって意匠の要部とするかであって、意匠登録可否の判断においては、新規な創作部分(出願当時の意匠水準から、その意匠の登録を成り立たせるに足る距離にある創作部分)のみが意匠の要部であると割り切り、その部分を共有する意匠はそれだけで互いに類似するとすることも許されるであろうが、意匠権侵害の成否を問う前提としての類否判断においては、このような判断方法は許されず、新規創作に係る部分に対する正確な判断能力を一般に欠いている需要者を人的基準とした需要者混同説に立ち、意匠が物品の全体外観に成立する美感(印象)であることを没却することなく、前記新規な創作部分のみならず、それ以外の部分も、個別的具体的事情の下で、意匠全体の美感の形成に大きく関わるときは、それをも要部として考慮にいれたうえで、判断がなされなければならない。

ところが、控訴人らの主張及び控訴人らの援用する本件判定や斎藤鑑定等は、要部決定の過程で、結局のところ需要者混同説に立たず、創作説の立場から、意匠の創作に大きく関わるか否かによって要部を決定し、このようにして決定された要部を共通にする限りそれだけでそれらの意匠は類似するとするものであり、要部決定の際の前提において既に誤っているものといわなければならない。

(四) 合弁花状スポークについて

控訴人らは、類似意匠4ないし6特に同5においては合弁花状スポークの構成になっていないから、合弁花状スポークの構成は本件意匠の要部になりえない旨を主張する。

控訴人らが右主張において特に強調する類似意匠5につきそれが合弁花状スポークでないとする根拠は、〈1〉スポークは隣接するスポーク本体とスムーズには接続していないこと、〈2〉スポークの根元部が、根元まで同幅でホイール中央部(ボス部)に当接していること、〈3〉右ボス部の車軸方向外表面がスポークの同方向外表面よりも突出しており、高低差があって連続的でないこと、及び、〈4〉二等辺三角形状の透孔部のホイール中央部側の形状線が弧状でなく直線状であることの四点につきる。

しかし、被控訴人が本件意匠とイ号意匠の類否の判断で重要なものとして主張している合弁花状スポークと離弁花状スポークの差異は、イ号意匠においては、スポークの外観上の肉厚が内端及び外端の双方でゼロになるようにされていて、この結果、スポーク本体は見かけの肉厚がゼロとなった両端において完結し、一本ずつ分離したものとして看取されるのに対し、本件意匠及びその類似意匠においては、スポーク本体とディスク中央部が一体化している、換言すれば、イ号意匠におけるようにスポーク本体とディスク中央部が遮断されていないという点にあるのであり、右〈1〉はスポーク本体とディスク中央部の一体化の有無を決める決定的要因とはなりえず、〈2〉〈3〉は、スポーク本体とディスク中央部が遮断されるどころかむしろ一体のものであることを自認するに等しく、〈4〉は、ホイールのボス部という半径の小さな円周のごく一部を限る線分が、弧状であるか直線状であるかの微差であり、これをもって離弁花状スポークであることの根拠にすることはできない。

また、仮に類似意匠4ないし6が厳格にいえば合弁花状という表現になじまないとしても、これらがイ号意匠のように右「スポークの外観上の肉厚が内端及び外端の双方でゼロになるようにされていて、この結果、スポーク本体は見かけの肉厚がゼロとなった両端において完結し、一本ずつ分離したものとして看取される」構成のものでないことは明らかであるから、この点における差異が、本件意匠とイ号意匠の類否の判断において有する意味を失うことになるものではない。

(五) リムボルトの存在について

リムボルトの有無が本件意匠とイ号意匠の類否の判断において有する意味が類似意匠8の登録により失われるものでないことは既に述べたとおりである。

控訴人らも本件判定等も、リムボルトはホイールの構造に由来して普通に用いられるものであるから、その有無は看者が余り注意しない部分である旨をいうが、事実に反する。

本件意匠において、リムボルトの存在が力強さを印象づけるうえで相当に寄与していることは、厳然たる事実である。

(六) 本件意匠・イ号意匠に係る物品のマニア性について

本件意匠・イ号意匠に係る物品は、乗用車に標準装備されている通常のホイールを撤去し、これに取り替えて使用されるものであるから、その需要者は、わざわざ高額の代金を支払ってまでして通常のホイールを取り替えるほどにこの種ホイールを好む者であり、その意味で、これらの需要者はすべてマニアであり、この種ホイールはその性質上マニア商品であるといってよい。

このような需要者は、この種ホイールの購入に当たり、細かな点についてまで関心を示す性向を有しているから、このような需要者によって購入される物品に係る意匠の類否判断においては、特別に微細な点についても立ち入って観察しなければならないことは当然であり、その必要はないとする控訴人らの主張は明らかに失当である。

第三  証拠

原審記録及び当審記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

第一  原判決の引用

当裁判所も、イ号意匠が本件意匠に類似しているとすることはできないものと判断する。

その理由は、第二に述べるところを付加するほかは、次に付加、訂正、削除する点を除き、原判決の理由と同一であるから、その記載を引用する。

一  原判決三四丁裏六行目の「(本件意匠公報)」の次に、「及び甲第三七号証(本件意匠登録出願願書添付写真)を加える。

二  原判決三八丁表九行目から四〇丁裏末行までを、次のとおりに改める。

「右の公知意匠の中で、公知意匠〈1〉に係るホイールは、前示乙第五号証によれば、それを示す写真が必ずしも鮮明ではないが、本件意匠の構成要素のうち、(a)中の『リム部と、スポークを有するディスク部から構成されている」点及び(c)、(d)、(f)(「同肉厚の板状」である点を除く。)、(g)、(i)の各構成要素を備えていることが認められる。そして、リム部が「周胴面を多段状とした略円筒形である』との点は、この種ホイールに通常用いられている構造であるから、公知意匠〈1〉に係るホイールもこれを備えていることが推認され、したがって、公知意匠〈1〉は、本件意匠の構成要素(a)を有するものと認められる。

次に、右(f)の構成に関し各スポーク本体が凸弧状に張り出してはいるが、その湾曲の度合いは本件意匠に比して少なく、右(g)の構成に関し各スポーク本体の両側に段落ち状に形成されているリブの幅は細幅とはいうものの、本件意匠のそれよりも広く、またやや平坦状を呈しており、そのリブとスポーク本体を含めたスポークは、同写真の上部二つのスポークの部分から看取できるように、ディスク部中央寄りの基端から先端付近までほぼ等幅であるということができ、構成要素(e)を備えていると認められる。もっとも、スポーク本体は先端部方向にやや先細りと認められる。

そして、五本の各スポーク本体の基端(半径方向内端)は、湾曲しつつ合体してディスク部中央の車軸挿通孔の周囲の五個のハブボルトを囲む変形五角形のセンターカバーに覆われ、この部分でリブ表面から段差を付けた壁面を形成しており、この点と右に述べたようにリブの幅が本件意匠のそれよりも広く、やや平坦状をなしている点から、スポーク本体及びディスク部中央部があたかもやや平坦なリブの上に載置されているかのような二重構造に見えるといってもよいことが認められる。

以上認定のとおり、公知意匠〈1〉は、本件意匠の構成要素のうち、概括的にいえば、(a)、(c)、(d)、(e)、(f)(「同肉厚の板状」である点を除く。)、(g)、(i)を備えるものである。(b)(露出状車軸挿通孔)、(j)(リムボルトの存在)は具備していないが、(b)、(j)の点は、後記(2)に述べるとおり、本件意匠の類似意匠においても、これを備えないものがあるから、本件意匠と公知意匠〈1〉を対比するうえにおいて、重視できる点ではない。

このように、本件意匠が公知意匠〈1〉とその主要な構成要素を共通にしながら、公知意匠〈1〉と類似のものではないと認められるのは、この種ホイールにおいて最も目立ち、見る者の注意を引くことにおいて当事者間に争いのないディスクの形状において、本件意匠が、その構成要素(c)ないし(i)を備え、特にスポークが同肉厚の板状でディスク部表面側に張り出した凸弧状をなし、スポーク本体の両側に形成されている段落ち状のリブが細幅でスポーク本体とほぼ一体に凸弧状をなし、五本のスポーク本体の基端(半径方向内端)が湾曲しつつ合体してディスク部中央の環状面と一体に融合して、いわゆる合弁花状スポークを形成しているため、このリブと一体となって張り出した凸弧状・合弁花状スポークが、公知意匠〈1〉には認められないところの力強く弾力性に富んだ機能美を持つものと印象づけていることによるものと認められ、したがって、この構成をもって、本件意匠の要部と把握しなければならない。

これに対し、甲第四二号証によれば、斎藤鑑定は、公知意匠〈1〉につき、『この意匠は、スポークの全体がいわゆる星型をなし、スポークの基部を太く先端を細く構成するものである上に、スポークの縁部を突出して内面を凹陥した構成とするもので、本件登録意匠とは基本的構成態様を異にする』(同号証三六頁一二行ないし三七頁三行)とし、これを前提に、『本件登録意匠の出願に先立つ公知意匠を精査しても、本件登録意匠の基本的構成態様と共通するものが全く見出すことができないものであるから、本件登録意匠の真の創作部分であり、したがってまた、従来意匠の趨勢からすれば最も目立つ部分は、先に基本的態様として示した意匠の構成そのものにある』(同四五頁一二行ないし四六頁四行)と述べ、この『基本的態様として示した意匠の構成』につき、『ディスク部において、中央に車軸への取付部をなす肉厚のセンター部を形成して、その中央に車軸挿通孔を穿設し、センター部より同幅のスポークを五本等角度の放射状に設け、それぞれの先端をリムと一体化されたディスク外周環状部に連接し、スポークは、幅方向に平坦で長さ方向に湾曲し、その両側に段落とし状に細幅のリブを形成し、スポークとスポークとの間には、隣合うそれぞれのスポークとディスク外周環状部によって隅丸二等辺三角形状の透孔が形成され、ディスクの外周部は、細幅の環状体を形成してディスク外周環状部とし、該環状部はリム環体の段部に接合され一体的にホイールの外周環状部を構成するものとした態様は、本件登録意匠の全体的特性、さらには本質的特徴を表出するところ、すなわち要部』(同五二頁六行ないし五三頁四行)としている。

しかし、公知意匠〈1〉の構成を斎藤鑑定のように認定することはできない。特に、そのリブを含めたスポーク全体が、公知意匠〈3〉と同じに「いわゆる星型」をなすとする点は、乙第五号証からは到底認められない。この点は、前示のように、そのリブとスポーク本体を含めたスポークは、ディスク部中央寄りの基端から先端付近までほぼ等幅であり、スポーク本体のみが先端部方向にやや先細りと認めるべきである。これに関し、乙第七号証の五によれば、公知意匠〈2〉のスポークは明らかに同幅のものであり、これを公知意匠〈3〉と同じに「いわゆる星型」ということができないことは明白であるのに、斎藤鑑定は、これをも「いわゆる星型」としており、この点も首肯できないところである。

したがって、斎藤鑑定が、このように公知意匠〈1〉を認識したうえ、これを前提に本件意匠の要部を右のように把握した点は採用できないといわざるをえない。

前示認定の公知意匠〈1〉の構成からすれば、斎藤鑑定のいう本件意匠の要部の構成は、公知意匠〈1〉も、これを具備するものといわなければならない。」

三  原判決四一丁表一行目の「7」を「8」と、同三行目冒頭から同丁裏三行目末尾までを、「類似意匠1ないし7の構成が原判決添付別紙(二)ないし(八)のとおりであり、類似意匠8が控訴人ら主張のとおりに登録され、その構成が本判決添付別紙のとおりであることは当事者間に争いがなく、右事実並びにいずれも原本の存在及び成立に争いのない甲第三三ないし第三五号証、成立に争いのない甲第三八号証の一ないし三、第三九ないし第四一号証によれば、類似意匠1ないし8と本件意匠は、(b)(露出状車軸挿通孔)及び(h)(凹溝付きリブ)以外の前記構成(a)(多段状リム付きスポークタイプホイール)、(c)(五本スポーク)、(d)(おむすび形透孔)、(e)(同幅スポーク)、(f)(帯状、凸弧状スポーク、但し「同肉厚の板状」との構成を除く。)、(g)(細幅、段落ち状リブ)、(i)(合弁花状スポーク)を共通にしていることが認められる。」と、各改める。

四  原判決四四丁表二行目の「また」から四五丁表一行目までを、次のとおりに改める。

「すなわち、前記のとおり、本件意匠を公知意匠と対比して、本件意匠の真の創作部分であり、したがってまた、従来意匠の趨勢からすれば最も目立つ部分を把握すると、本件意匠は、公知意匠〈1〉においてすでに現されていたところの、『ディスク部において、中央に車軸への取付部をなす肉厚のセンター部を形成して、その中央に車軸挿通孔を穿設し、センター部より同幅のスポークを五本等角度の放射状に設け、それぞれの先端をリムと一体化されたディスク外周環状部に連接し、スポークは、幅方向に平坦で長さ方向に湾曲し、その両側に段落とし状に細幅のリブを形成し、スポークとスポークとの間には、隣合うそれぞれのスポークとディスク外周環状部によって隅丸二等辺三角形状の透孔が形成され、ディスクの外周部は、細幅の環状体を形成してディスク外周環状部とし、該環状部はリム環体の段部に接合され一体的にホイールの外周環状部を構成するものとした態様』(以下、これを「公知意匠の基本的態様」という。)を基礎として、これを発展させたもので、その構成要素(c)ないし(i)により、スポークが同肉厚の板状でディスク部表面側に張り出した凸弧状をなし、スポーク本体の両側に形成されている段落ち状のリブが細幅でスポーク本体とほぼ一体に凸弧状をなし、五本のスポーク本体の基端(半径方向内端)が湾曲しつつ合体してディスク部中央の環状面と一体に融合して、いわゆる合弁花状スポークを形成したという点に、その意匠的創作があると客観的に評価すべきであり、この独自の構成により、公知意匠には認められないところの力強く弾力性に富んだ動的美感を生み出しているというべきである。」

五  原判決四五丁表七行目の「及び(j)」、同九行目の「及び(j)(リムボルトの存在)」、同丁裏二行目の「及び(j)が右美感を強める役割を果たしていること」を、いずれも削り、四六丁表八行目から同丁裏六行目までを、次のとおりに改める。

「すなわち、イ号意匠は、前示公知意匠の基本的態様を基礎にして、これを発展させたもので、その構成要素(C)ないし(I)により、薄肉のリブがディスク中央部を介して全体として連続し、スポーク本体が一本ずつ分離独立した蒲鉾形をなして、リブの上に載置されたような二重構造のようにみえる、いわゆる離弁花状スポークを形成したという点に、本件意匠とは別個の意匠的創作があると客観的に評価できるのであり、この構成により、本件意匠とは異なった華奢で装飾的な静的美感を印象づけるものというべきである。

したがって、イ号意匠は、本件意匠の要部の構成を具備しておらず、全体として別異の美感を呈する意匠というべきであるから、本件意匠に類似しているということはできない。

斎藤鑑定は、前示公知意匠の基本的態様をもって、本件意匠の要部とし、これがイ号意匠と共通する以上、本件意匠とイ号意匠の右構成の差異は、『本件登録意匠の要部に包摂される部分的差異といわざるを得ないものである』(甲第四二号証六二頁一〇行から一二行まで)と述べ、イ号意匠は本件意匠に類似するとの結論に至っているが、前記のとおり、斎藤鑑定の本件意匠の要部の認定は当裁判所の肯認できないところであるから、これを前提とする右意見も採用することができない。」

第二  当審における控訴人らの主張について

一  当審段階において生じ、あるいは明らかとなった事実について

1  類似意匠8の登録

リムボルトがない類似意匠8が登録されたことは、前示認定を妨げる理由とはならない。むしろ、前示本件意匠の要部となる構成が本件意匠を支配する特徴的構成であることを示したものというべきであり、リムボルトの有無にかかわらず、その要部において構成を異にするイ号意匠は、本件意匠と類似しないというべきことは明らかである。

2  本件判定等について

意匠権侵害訴訟において、意匠権の効力が侵害対象にまで及ぶものかを判断するに当たっては、当該意匠権に係る意匠が、公知意匠に示される当該意匠分野における従来意匠の水準との関係でどの程度意匠的創作として法的に保護すべき寄与があるかを客観的に評価してなさなければならない。創作的寄与の大きい意匠は、その小さい意匠よりも、法的保護を厚くしなければならず、その類似の範囲も広く認めるべきである。意匠登録がされている意匠といっても、その創作的寄与の大小はさまざまなものがあることは、当裁判所に顕著な事実である。単に、意匠登録がなされていることを理由に、すべての分野において、また、すべての登録意匠について、その類似の範囲を同じに取り扱うことは、意匠権の効力を受ける国民全体の利益との関係で、意匠権に適切な保護を与えるべき法の目的に反するというべきである。

特許庁における判定は、登録意匠及びこれに類似する意匠の範囲について、三名の審判官によりなされるものであるが、もとより司法裁判所の専権に属する意匠権に基づく差止請求権、損害賠償請求権の成否の判断とは、その目的、効果を異にし、したがって、その判断手法が、司法裁判所のそれと異なることは当然である。

本件判定も、甲第五三号証によれば、本件意匠とイ号意匠を単に比較して、その結論を出しているに止まり、本件意匠が公知意匠に対して有する意匠的創作の幅を考慮して、その要部を認定するという手法を採用していないことが明らかである。そして、その要部として認定したところは、前示公知意匠の基本的態様に帰着するものであり、これを前提に、本件意匠とイ号意匠のその余の差異はすべて軽微なものとして一蹴するに至っているのであるから、この判定の結果は、当裁判所の前記説示に照らし、到底採用することができないものといわなければならない。

イ号意匠に係る意匠登録出願が本件意匠に類似するとして拒絶の査定がされたことは当事者間に争いがないが、意匠登録の可否の判断と前示侵害訴訟における司法裁判所の判断とは、もとよりその目的、効果を異にするものであり、右事実があるからといって、直ちに当裁判所の前示判断を左右するものとすることはできない。

イ号意匠についてのデザイン保全登録の拒絶は、本件意匠に係る分野における専門家の意見として尊重されるべき点はあるが、右と同様にその目的、効果を異にするものであり、また、その判断手法が明らかでなく、直ちに前示当裁判所の判断に影響を与えるものとはいうことはできない。

斎藤鑑定については、多くの傾聴すべき意見が表明されているが、前示のとおり、公知意匠〈1〉の認定において当裁判所と異なり、その結果、本件意匠の要部の認定、イ号意匠との類否の判断において肯認できない結果となっているものであるから、その意見は採用できない。

二  控訴人らのその余の主張について

当審における控訴人らのその余の主張については、前示説示に照らし、いずれも失当というべきである。

第三  よって、その余の点につき検討するまでもなく、控訴人らの本訴請求はいずれも理由がなく、これを棄却した原判決は正当であり、控訴人らの本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 芝田俊文)

別紙

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